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 日本語教育の制度設計について考える~「現職日本語教師の移行措置」における課題~

2019年6月、念願の「日本語教育の推進に関する法律(以下、推進法)」が公布・施行されました。そこから、推進法に盛り込まれた様々な制度設計への着手が始まりました。「日本語教育の質の維持向上のための仕組みについて」という有識者会議も立ち上がり、さまざまな議論が交わされました。そして、2022年12月から約1か月をパブコメ期間とし、最終的な取りまとめが行われることになっています。

日本語教育に関して国が適切に制度設計を目指す中で、日本語教師の国家資格化を図り、玉石混交であった日本語教育機関も文科省の認定制度が適用されることは画期的なことと言えます。40年近く日本語教育に関わってきた者として、「やっとここまで来た」と感無量です。

これまで日本語教育の質の向上のために尽力してくださった様々な関係者の方々に、感謝いたします。ただ、今後新しい法律が成立した後、適正に行われるかどうかが大きな課題であり、制度設計が良い形で根付くには時間がかかります。そこには、多様な現場で活動する方々の知恵・努力が求められてきます。まだまだ改革の道は続きます。

できるだけ会議を傍聴したり、資料を読んだりしてきましたが、私が危惧していることの一つとして、「現職日本語教師のための移行措置の在り方」があります。すでに意見募集に応え、また、別途アンケート調査をアクラス日本語教育研究所の会員に向けて実施し、取りまとめました。そこで、改めて現場に関わる者として意見を述べたいと考えました。

私自身は、10年前に日本語教育機関を辞め、その後はフリーの立場で教師研修などに携わってきました。長年日本語教育機関に勤めていた者として、また、さまざまな日本語教育機関で学内研修をしたり、先生方と対話したりしてきた者として、考えを述べたいと思います。

(1月10日まで、アクラス日本語教育研究所として「アンケート募集」をしていましたので、自分自身の意見を出すことを控えていました)。

■現職教師をEコースとFコースに分けることへの疑問

(日本語教育の質の維持向上の仕組みについて(報告)(素案)p.38)2022.12.13   第7回有識者会議

「国家資格化をするために、新しい試験制度をスタートさせる」というのであれば、厳密に言えば、現職の民間試験合格者も再度新試験を受ける必要があります。しかし、一方で、日本語教育機関の現場が適切に動いていくためには、現職者のための経過措置を考えるのは妥当であると考えます。

では、文化庁「登録日本語教員の資格取得ルート(イメージ)」を見てみましょう。現職教員の経過措置として、EコースとFコースの2つのルートが示されています。Fコースを取り上げてみると、筆記試験①と筆記試験②とも免除となり、2つの講習を受ければよいことになります。また既に現場で実践をしていることから、教育実習も免除となります。

それと比較してEコースでは、筆記試験②を受けることが要求されています。その理由として、現在実施されている民間試験のシラバスが、2000年に大きく見直されたことが挙げられています。古いシラバスの試験で合格していることが問題視されているのです。

■現場教師の成長という観点から考えると……

現場でよく上がってくる声として、次のようなことがあります。

  ・ベテランの先生ほど、古いやり方に固執して、他の先生達が困っているんです。

  ・新しいことを学ぼうとしない先生がリーダーだったりすると、ホント大変です。

  ・経験の浅い先生が何か提案しても、すぐに却下されるんです。だから現場は硬直したままで……。

さまざまな学校を見たり、大勢の先生方と接したりしている私は、こうした現場も数多

く見てきましたが、問題は経験の長さだけにあるのではなく、さまざまな要因が絡んで

起こっていると言えます。ことさら「経験の長い教師/古い教師」問題として取り出し、

その対策として、2000年で区切って「それ以前に日本語教育能力検定試験を受けた

教師は、新しい知識が欠如していることから、新試験の筆記試験②を必須とする」とい

うのは、短絡的な考えに思えてなりません。

「新知識が足りない」というのであれば、2000年以降の教師と同じように講習とい

う形で実施することは考えられないものでしょうか。また、「新知識が足りない」とい

う決めつけも気になります。確かにそういう教師も数多く存在するとは思いますが、そ

れと同数、いやそれ以上に、常に学び、また、後輩の指導という観点からも学び続けて

いる先生方も多くいることを客観的に知っていただきたいと切に思います。それが、ア

クラス日本語教育研究所として、アンケートを実施しようと思った理由です。

■現場で「期待していない状況」が生まれることを危惧して……

ここで、ちょっと事例をあげて、説明したいと思います。

★A先生:1989年合格者  60代半ば 

    日本語学校非常勤(元教務主任)、会社で技能実習生の日本語指導

A先生は、大ベテランとして、大勢の新人教師の指導をしてきています。「人を指導するには、新しいことを学び続けなくては!」と常に学び続け、また、教材開発にも力を入れています。こうした先生が、忙しい時間をやりくりして、筆記試験②の準備をする必要があるのでしょうか。A先生にちょっと胸のうちをお尋ねしてみました。

  もちろん日本語学校が好きなので、働き続けたいと思っています。だから、必要ならば筆記試験②を受験するつもりです。でも、今の状況では、とても受験のための準備時間は割けないので、筆記試験じゃなく、レポート提出なんかのほうがありがたいですね。それに、不合格になったら、学校を辞めるしかないですよね。

A先生は「必要となれば受験する」とおっしゃっていますが、中には、「これを機会に日本語学校を辞めて、オンライン授業とか、企業の日本語授業に切り替えを考えようと思っている」という先生もいらっしゃいます。大ベテランの先生は引く手あまた、となると、何人もの先生が流出してしまうことも予想されます。そうなれば、日本語学校の質の向上どころか、質の大幅低下につながりかねません。

★B先生:1997年合格者  40代後半  教務主任

B先生は、常に日本語学校の教育の質をあげるために、新任研修に力を入れ、教材開発にも取り組んでいます。また、常勤数が足りない中、時間をやりくりして、さまざまな会議、学習者の進路・生活指導、さらには教師の募集と駆けずり回っています。

そんなB先生の状況を見ていると、とても試験のための時間を捻出できないと思われます。では、B先生の声をお届けしましょう。

筆記試験②を受けなければならないなら、もちろん受けますが、EとFの分け方に疑問を感じますね。それから、気になることとして……。誰でも、他の道を考える瞬間って、ありますよね。そんな時、「受験準備をして資格を取らなければならないんだったら、ちょうどいい機会なので日本語学校は辞めて他の日本語教育に……」という考えが、ベテランの先生方の頭をよぎるかもしれません。この改革をきっかけに、一気に質の高い先生方がいなくなってしまうことも予想されます。そうなると、日本語学校が組織として、どうなっていくのかとても気になります。

こうしたことは、日本語学校にとって大きな損失となります。日本語学校の教育の質の維持向上のためのシステムづくりが、逆効果になりかねません。「質と量の両面」といっていた制度設計が、両面ともに課題を抱えることになることは、避けなければなりません。

■日本語学校の質の向上があってこその議論では……

ここでB先生の話に出てきた「常勤数の不足」という点に触れておきたいと思います。学校を設置する際に、常勤数が決められていますが、それをきちんと守っている学校だけではありません。フリーになってからというもの、さまざまな学校の先生方の悩みに向き合ってきました。

現場の声を2つほど記してみます。

・私の今いる学校では、教師が足りないので、ほぼ毎日午前午後、授業を担当しています。だから、教務のこと も十分に出来ないうえ、すごい勤務時間になってしまい、疲弊しています。そもそも、常勤の数も足りていません。

・経営者が、常勤が授業にたくさん入れば費用が安く済むからという考えなんです。それに、常勤の数え方も、事務担当者が養成講座を受けて、有資格者としてカウントしたりしているから、実際の常勤者数は、足りていません。なんだか、「カラカラになっていく自分」があり、もう限界だと思っています。

もちろん、こんな学校ばかりではありません。しかし、日本語学校の教務関連の方々の忙しさは、かなりのものだと言えます。本当の意味で、組織としてきちんと運営できている学校もありますが、教育の質は非常に高いものの、待遇面や勤務状況が過酷な学校も少なくありません。そういった状況が、なかなか表には見えてこないのが現状です。

こうしたことを是正するために取り組まれている制度設計ですが、機関認定制度によって改善されるのは、今すぐではないことを考えると、Eコース設置によるマイナスの影響が気になります。

1月7日に、小出記念ワークショップ「日本語教育の質の維持向上の仕組みを考える」が行われました(講師:西原鈴子氏、佐々木倫子氏)。タイムリーで、しかも内容の濃いワークショップでしたが、そこで佐々木氏は、次のように質問に応えていらっしゃいます。

 この制度によって、日本語教育が破壊されてはいけないんです。圧倒的に教員が足りなくなってはいけない。軟着陸が必要なんです。その点からも、私は、EコースとFコースの分離を止めることを希望します。

■現行の「日本語教育能力検定試験」の変遷を振り返ると……

もう一つ「日本語教育能力検定試験」合格者を2000年で切ることに疑義を唱える理由として、2011年の変更についてあげたいと思います。

「 日本語教育能力検定試験について」

          文化庁日本語教育小員会93回説明資料2019.6.24 日本国際教育支援協会

2011年には基礎項目が設定され、シラバスにも明記されました。また、記述問題についても内容に関して見直しがされました。また、新たな合格者像として、文化庁の会議における日本語国際教育支援協会が提出した参考資料を見ると、次のように記されています(p.6)。

/https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_kyoin/03/pdf/sanko_1.pdf

*日本語教育のスタートラインに立つための知識・能力を備えた人材

     多様な現場に対応するために、その核となる

       〇基礎的な知識を体系的に有する。

       〇基礎的な知識を実践と関連づける能力を有する。

「新たな合格者像」「スタートラインに立つため」の2つの表現に注目していただきたいと思います。ここで詳しいことは延べませんが、このように日本語教育能力検定試験は、2000年の変更だけではなく、さまざまな角度から時代や社会のニーズに合わせて、より良いものへと検討を重ねてきたのです。私自身2011年の検討時期に日本語教育能力試験実施委員を務め、改定作業のプロジェクトメンバーでもあり、試験に関してはさまざまな角度から見てきました。そういう立場から見ても、今回の「2000年の教育内容の変更」だけに焦点を当てた分け方には、疑問を感じています。

■Eコースの筆記試験②の代替え案として……

「2000年で切って、Eコースを設ける案をやめる」というのが私の提案ですが、どうしても「2000年前の合格者である現職者に、新しい内容について学ぶこと」を求めるのであれば、講習Ⅲまたはレポート提出という方法を提案します。

まず、筆記試験について、引用しておきます(p.21)。

 筆記試験① 日本語教育の実践につながる基礎的な知識を測定する試験

 筆記試験② 現場対応能力につながる基礎的な問題解決能力を測定する試験

★Eコースの筆記試験②を講習Ⅲにする案

筆記②は、横断的な複合問題であることを考えると、実践を長年積み重ねてきた教師には得意なことだと言えます。だからこそ、講習では、そういった2000年前に取り上げられていなかった新しい項目を取り上げ、それを学内で有効に活用するためには、どういったことが求められるのかを入れ込んだ講習にすることが重要です。そうすることで、大ベテランの教師の確固たる役割・使命も見えてきます。

文化庁『日本語教育人材の養成・研修の在り方について』(2019)にも、3~5年と言われる「中堅教師」でさえ、以下のことが求められています(p.31)。

   日本語教師(初任)及び日本語学習支援者に適切な助言をすることができる。

さらに、「主任教員に求められる資質・能力」(p.33)では、以下のことが挙げられています。

   ・日本語教育プログラムに関する日本語教師(初任)等に対する研修を企画する。

   ・日本語教師(初任・中堅)に必要となる研修を把握し、その受講機会を積極的

    に提供するとともに、教師のキャリアを含む中長期的な人材育成に努めようと

    する。

講習Ⅲでのテーマを新しいものにし、さらに、「組織の学びをデザインし、動かしていく人材」であることを、経験の長い教師が認識できるような講習にすることで、二つの効果が出てくるのではないでしょうか。

★レポートを課す案

筆記試験では、断片的に語句を覚えることに走りがちですが、レポート課題であれば、

じっくり考えて、自分の考えを表現する良い機会にもなります。その際には、いくつかの課題図書をあげ、それを読まないと作成できないような課題を提示することが重要です。

課題図書を読み込むということは、講習案で述べたように、学内の先生方への研修会などにも役立つことになると考えます。また、長く教師をやっていると、学習者のレポート指導・添削にばかり目が行きますが、教師自身が初心に返って、真剣にレポート作成に取り組むことは、意味のあることと言えます。

■多肢選択式となり、「記述問題」無しという案は……

ここで、Eコース問題とは離れますが、「記述問題」をやめ多肢選択式だけにする点について、意見を述べたいと思います。報告案には次のように記されています(p.21)

    出題形式については、筆記試験①、筆記試験②ともに多肢選択式とする。なお、問題解決能力を測る記述式については、その意義を認めつつ、登録日本語教員に対し、実践力を習得・評価する教育実習を求めること、試験実施運営の費用対効果、日本語教師不足の中で、登録日本語教師の質・量を確保するための受験者への配慮などの観点から総合的に検討する。

年複数回の実施の検討、CBT導入の可能性等を考えると、たしかに記述問題の実施は困難な点もあると思います。しかし、記述問題があるからこそ、日本語教師になる前の段階で、論理立てて記述する力の重要性を理解し、そうした力をつけることをめざしているわけですが、今後は注目されなくなります。

「実施している試験を見ればどういう能力を求めているかが見える」「試験が学習をつくる」という言葉があるとおり、記述問題は重要な役割を果たしてきたと言えるのではないでしょうか。また、記述問題で見たい力は、教育実習の中で養われるという考え方にも疑問を感じます。現状の課題山積の教育実習が改善されるには、まだまだ時間がかかることが予想され、また、上述したように記述問題実施をすることの波及効果も考えていきたいものです。

               ◆    ◆     ◆

国が日本語教育にきちんと向き合い、教育の質の維持向上を目指していることは、とても素晴らしいことであり、「やっと山が動いた!」と現場では期待を持って受け止めています。そして、現場としてやるべきことは、この機会を逃さず、良い形で進んでいけるよう、一丸となって努力していくべきだと考えます。「10年後、20年後の日本社会が、誰にとっても住みやすい、住み続けたい社会」であるためには、日本語教育が果たす役割は大きく、非常に重要であると考えます。

資料

◆日本語教育の質の維持向上の仕組みについて(報告)2022.12.13

   「有識者会議第7回資料1」https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_kyoin/pdf/93803401_01.pdf

◆日本語教育関係参考データ集 202212.13

       「有識者会議第7回 参考資料1」

/https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_kyoin/pdf/93803401_02.pdf

◆日本語教育能力検定試験について

    文化庁日本語教育小員会93回説明資料2019.6.24 日本国際教育支援協会

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongo/nihongo_94/pdf/r1418541_03.pdf

◆日本語教育の推進に関する法律(概要)

/https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/pdf/r1418257_01.pdf

◆日本語教育の推進に関する法律(条文)

/https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/pdf/r1418257_02.pdf

◆日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針(概要)

/https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/pdf/92327601_01.pdf

◆日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針

/https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/shokan_horei/other/suishin_houritsu/pdf/92327601_02.pdf

◆日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)2019.3

/https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/__icsFiles/afieldfile/2018/06/19/a1401908_03.pdf

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